故郷の五條で挑戦する地域ならではの事業づくり。人もまちもボーダーレスに繋がる未来を目指して
株式会社イトバナシ
伊達 文香さん
2025.06.05
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RElocaは「地域に特化した”実業”を地域と共につくり持続的な成長と発展を実現する」をミッションに掲げ、地域と共に成長していくことを目指しています。
INTERVIEWでは、地域のチカラで夢を実現させ、地域がその実力を発揮し、現在進行系で挑戦する地域の事業者にフィーチャーして、学びを深めていきます。
第4回目となるINTERVIEWでは、奈良県五條市に店舗を構える株式会社イトバナシの伊達文香さんにお話を伺いました。

5つの街道が交わり、紀伊半島の交通の要衝として存在感を示してきた奈良県五條市。かつて城下町として栄えた新町通り周辺は、現在は古民家が並ぶ風情ある地区として知られ、国の重要伝統的建築物群保存地区にも指定されている。この五條市を拠点に、手仕事に宿るその土地、その人のストーリーをプロダクトとともに届けたい。そんな想いで日本と世界を繋いでいる女性がいる。株式会社イトバナシ・代表の伊達文香さんだ。
一度は故郷を離れて進学・起業をしたが、五條市に戻り、古民家を借りて実店舗をオープン。地域だからこそできることを強みに、日本と海外、ローカルとビジターの垣根を取り払い、ボーダーレスな事業を展開している。

故郷から遠く離れた場所で
故郷と繋がる手仕事に出会う

―もともと五條市のご出身ですか?
「はい。この新町通りは小中高と通った道で、とても馴染み深い場所。ただその頃は『特に何もない場所だな』と思っていました。もちろん、郷土愛はずっとありましたけど、改めて魅力に気がついたのは五條を離れてからですね。
当時はもっと広い世界を見てみたい、と目が外に向いていたので、大学も学びたい分野に合わせて広島に進学。でも進学した先もけっこうな田舎だったので(笑)、さらに海外に興味が湧き、インドに行くことにしました」

―なぜインドに?
「学生のうちにいろいろな経験をしたいと海外行きを考えたときに、せっかくなら何度でも行きたくなる国にしよう、と思っていて。ネットなどでたくさん体験談なども読み、インドに行った方のお話が一番面白いなと感じたんです。とはいえ、一人で行くにはちょっとハードルが高かったので、学生向けのスタディツアーに申し込み、ボランティア活動などもしながら現地に滞在する方法を選びました」

―初めてのインドの印象はいかがでしたか?
「日本とは何もかもが違っていて、こんな場所があるんだ、と衝撃でしたね。インドの社会問題もたくさん目の当たりにし、もっと関わりたいと思うようになりました。
その後は思いを共有できる仲間たちと計画を立てて何度かインドを訪れるようになったのですが、特に大きな経験となったのは、3.11(東日本大震災)をインドから見たこと。大きなショックを受け、帰国後はボランティアとして被災地に向かいました。被災された方々との交流のなかでその手仕事に触れたことや、ボランティア活動を通して知り合った仲間との出会いが、今の活動にも繋がっていると思います」

―インド刺繍との出会いは?
「インドの社会問題のひとつに女性の人身売買があり、その被害者の支援を行っている団体がいくつかあります。私が知り合ったNGOでは職業訓練として縫製や刺繍などの手仕事を教えていたのですが、スタッフの方に話を聞くと『作るのはいいが売る場所がない』という課題を抱えていました。そこで、商品を知ってもらうためのファッションショーを開催してはどうかと思いついたんです。
もともと私はファッションが大好きで、大学でも自分たちで服を作ってショーを行うサークルに入っていました。それがとても楽しく実りある経験だったんですね。だから、同じことができたらいいなと思って。さっそく計画をまとめて文科省が行っている『トビタテ!留学JAPAN』に申し込み、半年間インドに留学しました。
インド刺繍に興味が湧いたのは、ショーに向けて準備をしていたとき。たまたま刺繍が目に止まり、作業をしていた女性に『かわいいですね』と声をかけたんです。すると、彼女は『刺繍をしていると故郷を思い出せる』と笑顔で答えてくれました。
被害女性のなかには貧しい家庭環境から辛い経験をした方も多く、私はてっきり、故郷のことにこちらから触れてはいけないものなのだと思っていたので、驚いてしまって。同時に、そんなふうに故郷を愛しめる手仕事があるということに深い感銘を受けました。そしてさらに話を聞き、インドには地域ごとに受け継がれている技法や図案があって、刺繍と故郷は紐づいているのだと教えてもらいました」

ーそれがイトバナシの原点に
「ファッションショーが終わったあと、インド刺繍のことをもっと知りたいと思い、残った留学期間を使って刺繍の産地を巡り、実際に作り手とも会い、生地を買い集めました。そして、その生地をどうしようかと考えた時に、ストーリーごと日本に届けたいと思ったことが起業のきっかけです。
まずは学生向けのビジネスコンテストに応募し、その賞金50万円で最初のサンプルを5着制作。それをもとに受注販売などでコツコツ実績を積み上げていきました。なので、最初は小規模な個人事業主としてのスタートでしたね。
その後、1年ほどで法人化を。やはり事業を継続していくことを考えたときに、きちんと収益をあげられる仕組みづくりは大切だなと感じまして」

―商品はどのように調達を?
「フェアトレードであることを前提に、以前は現地の方が作った生地を購入して日本で商品に仕立てていましたが、現在は私がデザインをして、現地で刺繍から縫製までを行っています。なるべくインド刺繍固有の図案を生かし、日本の方が好む色や柄の大きさ、配置などを考慮してデザインしていますね。
また、他の国でも私のように現地の手仕事を扱っている方がいるので、そういう方から雑貨や服飾小物などを送ってもらい、セレクトショップのような形で販売も行っています」

活動の意義を問うたとき、
ふさわしい場所は五條だった

―当初は実店舗を持たずに活動されていたそうですが、そこから五條市に拠点を構えることになったのはなぜでしょうか?
「最初は東京でシェアオフィスを借り、インターネットでの受注販売や百貨店でのポップアップストアを中心に活動していました。ただ、ふと自分たちの活動意義を考えたときに、東京ではなく五條がふさわしいのではないかと思いまして」

―それはどのような点で?
「初めてインド刺繍を見たときからなんとなく親しみを感じていて。それはなぜかと考えたときに、インドと奈良はシルクロードを通じてとても近い存在だったからなのではないかと。インド刺繍のことを調べれば調べるほどその繋がりを強く感じられる場面と多く出会い、それまで何もないと思っていた故郷が、実はさまざまな異文化を取り入れ、身近で触れることのできる場所だったのだと気づかされました。
また、東京では固定費も多くかかるし、どうしても目の前の数字に目が向いてしまう。株式会社として運営している以上、収益はもちろん意識していますが、私たちがやろうとしている『つくる人とつかう人の暮らしを豊かに』を実践するなら、その環境はふさわしくない。作業的にも東京でできることと地方でできることは変わりませんし、せっかくなら自身の持つルーツをもう一度大事にしたいな、と。

戻ってすぐの頃は実店舗を構えるつもりはなかったのですが、コロナ禍で百貨店の仕事がすべてキャンセルになり、商品を売る場所がなくなってしまった。それで、自分たちの店を持つ重要性を痛感し、拠点となる場所を作ることにしました。
手始めに、地域の方の紹介で広島の古民家を借りられることになったので、月に3日だけオープンするお店として営業をスタート。試験的に始めたスタイルではありましたが、自分たちの目指す店づくりはこれだという手応えもあり、ぜひ地元でもやりたいと2021年に『ししゅうと暮らしのお店 奈良五條店』をオープンしました」

―地域の方々の反応はいかがでしょう?
「もともと五條には20年以上前から地域活性化に取り組んできた先輩方がいらして、『大和社中』というNPO法人を立ち上げて活動されています。そんな経緯もあり、新しいことを始めようとする人をサポートする土壌があるように感じました。
私が五條で店を始めたいと相談したときも、『いい物件を探してあげる』と快く協力してくださったり、今もいい物件があると声をかけてくれたりと、応援していただいています。

ー2022年には『chocobanashi(チョコバナシ)』を立ち上げられましたが、なぜチョコレートショップを?
新町通で100年続いたお饅頭屋さんが廃業してチャレンジショップに生まれ変わると聞き、私も子どもの頃から慣れ親しんだお店だったので、ぜひその思いを受け継ぐ事業で応えたいと思ったことがきっかけです。

特にアイデアもなく、何を作ろうかと考えていたときに、私の夫は化学者としてカカオ豆の研究をしていたので『カカオ豆の細胞膜についてなら詳しいよ』と言い、インドの知り合いは『カカオ農園なら紹介できる』と言う……チョコレートなら自分たちらしいものづくりができるかもしれない、ということに。そこから夫がチョコレート屋さんに修行に行って、チョコ作りを担当することになりました。
チョコレートとしては、フェアトレードで調達した原料を使用した、お砂糖とカカオ豆のみで作るシンプルなもの。豆ごとの個性も感じていただけます。
また、私たちがチョコレートを作る意味として『チョコレートがお洋服を纏う』というコンセプトを立て、豆の産地のテキスタイルを包装紙に使っている点がこだわりです。

事前審査は、私たちの『おやつ文化を引き継ぎたい』という思いが伝わり、無事に通過。そこで期間いっぱい営業を続けた後、2024年の春に現在の店舗でリニューアルオープンしました」

―こちらも空き物件をリノベーションされたんですよね。
「はい。もとは眼科だった場所で、廃業後に娘さんが大和社中に寄贈された物件です。最初はここを『ししゅうと暮らしのお店』にしていたのですが、ちょうどチャレンジショップの期限がくるタイミングですぐ隣の家を借りられることになり、そちらに移転を。そちらの物件は元呉服屋さんだったと聞いて以来、ずっと『ししゅうと暮らしのお店』をやるならここだと思っていた場所でした。しかし、なかなか家主と連絡がつかないまま時間が経ってしまっていたんです」

―空き家を借りたくても、貸し手と借り手がうまく繋がらないという話はよく聞きますね。
「この五條でもよくあることで、廃業後に家主が地元を離れて連絡が取れなくなっていたり、そもそも家主に貸す気がなかったりすることも多く、借りるまでのハードルが高い現状があります。今回は地域で信頼を得ている大和社中の方が根気強く連絡を取り、交渉の際も間に入って『この子やったら大丈夫』と口添えをしてくださったおかげでスムーズに進みましたが、自分たちだけでそれをやるのは難しかったと思います」

―空き家を使うというこだわりはどこから来ているのでしょうか。
「事業として『あるものをよりよく使う』ことをモットーとしているので、古民家を使うという選択は自然な流れでした。もともと地方にルーツがあるので、空き家や古民家は身近な存在でしたしね。
私たちの店づくりのテーマのひとつに『楽しめる店づくり』があるのですが、商品をストーリーとともに楽しんでいただくだけでなく、店自体のストーリー、その店の背景にある地域のストーリーなどの余白も一緒に楽しんでもらいたい。
この新町通りは重要伝統建築物群保存地区にも指定されていて、とても貴重な町家が並んでいます。でも、普通そういう建物って資料館でもない限り、なかなか奥まで入って見ることはできません。うちの店が裏庭を開放してマルシェを行っているのは、そんな町家の姿をいろいろな方に楽しんでいただきたいから。
そういう店づくりを行ううえでも、古民家や空き家を使い続けていきたいと思っていますし、建物が持つストーリーから新しい事業が生まれても面白いですよね」

地域における事業づくりは
長い目で取り組まなくてはならない

―東京と地域で活動することの違いはどのような部分にあると思われますか?
長い目での事業づくりでしょうか。先ほども言ったとおり、東京では目先の数字にどうしても目が向いてしまう。しかし、地域ではもっと長い目で関わりを作っていく必要があります。
たとえば実店舗を持つにあたり月3日営業にしたのも、お客様一人ひとりとの会話を大切にしたいから。『つくる人とつかう人の暮らしを豊かに』を実現するには、私たち売り手も無理をせず、全力で取り組める環境が必要なんです。
今はまだ五條と広島と徳島の3店舗だけなので仮説の範囲ではありますが、これがいろいろな地域で10店舗くらい構えられるようになれば、ひとつのモデルとして実証できたと言えるんじゃないか、と」

―地域だからこそできる、店づくりですね。
「地域でお店をやっていると、人と人の繋がりの大切さを実感することが多くて。都市部なら業者にお願いするようなちょっとした不備を修理してもらったり、まちで何かイベントをやるとなれば名前を挙げてもらえたり。そういうことを、必要以上に気を使わず協力しあえる関係性をつくり、丁寧に積み重ねていくことが重要なのだと最近感じています。
10年先も店が健やかな状態であることを目指し、長い目でヒトづくり・モノづくりを行っていくこと。それが、地域における店づくりなのだと思っています」

―それを踏まえたふえで、「イトバナシ」がローカルで目指す姿は?
「たとえば今、チョコレートのファクトリーとイトバナシのショップは違う建物にあります。効率を考えれば同じ建物に集約したほうがいいのですが、スタッフが店舗間を行き交うことで、地域の人から声をかけられたりと、そこに交流が生まれる。お店に外からの若者が集まれば、そこから年代や地域を超えた交流が生まれる。私たちがここにいることによって生まれる、そういう風景を大切にしていきたい」

五條に拠点を置くようになって、改めて仕事をする人間としての目線でこのまちを見たことで、以前とは違った魅力が見えるようになりました。このまちには個人事業がまだまだ元気で残っているし、移住してきて何かを始める方も増えてきている。これから面白くなっていく場所だと思います。
ただ、今はまだ五條から発信できるものが少ないので、そういうものを増やしていくことの重要性も感じていますね。五條ならではの特産品と何かを繋げたり、人を繋げたり。地域のいろいろな方から『こんな物件があるよ』と声をかけていただくことも増えてきたので、私たちでそれを使う道だけでなく、誰かと繋ぐ機会を作るようなこともできたら、と。

“繋ぐ”というのはひとつのキーワードになっていて、イトバナシは他の地域にも拠点を増やしていますが、私にとってはインドも、その他の地域も、すぐお隣のような感覚でいるんです。

故郷としての五條を大切にしながらも、法律で定められた境界線にとらわれることなく、私たちの事業を通じて人もまちもボーダーレスに繋がっていける。そんな姿を目指しています」

株式会社イトバナシ
奈良県五條市二見5-7-19
https://itobanashi.com

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