
1年を通して楽しめる果樹園
イチゴ、ブルーベリー、ナシ、ブドウ、リンゴ――。「JRフルーツパーク仙台あらはま」(運営:仙台ターミナルビル㈱)は、1年を通して、旬のくだものを摘み取ることができる農園である。宮城県仙台市の東海岸部にある荒浜地区に、約11ha広がる敷地内で、8品目150品種以上(2026年1月時点)が栽培されている。敷地内には、ホテルメトロポリタン仙台のシェフがプロデュースするカフェ・レストラン「Les Pommes(レポム)」、直売所「あらはまマルシェ」、旬のくだものや野菜を使った加工体験イベントを行う「あらはまキッチン」などが併設されている。フルーツ狩りだけではなく、「レポム」でフルーツパフェを食べたり、マルシェで青果物を購入したりと、様々な形で果実を楽しむことができる。


筆者が訪れた時期はイチゴが旬であった。ビニールハウスのなかでは、様々な品種のイチゴがたわわに実っており、イチゴの赤が眩しく緑の葉の上に重ね塗りされていた。
「JRフルーツパーク仙台あらはま」までのアクセスは車、もしくは仙台市営地下鉄東西線「荒井駅」からバスと徒歩である。目的地に近づくにつれ住宅が少なくなり、住宅も何もないところに、ぽつねんと建つ校舎が視界に入る。校舎には、子どもの手でかかれたであろう文字で「ありがとう荒浜小学校」という言葉が、掲示されている。ここはバスの終点、震災遺構の仙台市立荒浜小学校である。東日本大震災当日は、校舎2階まで津波が押し寄せ、児童や教職員、住民ら320人がここへ避難した。 農園はこの震災遺構の横に、震災から10年後の2021年3月18日、オープンした。

人がいなくなった荒浜地区で
荒浜地区は2011年3月11日、東日本大震災の津波による甚大な被害を受けた、仙台市東沿岸部の地区のひとつである。
2011年12月6日、仙台市は東沿岸部の区域を災害危険区域(第5号区域)に指定、当該地区では「住居の用に供する建築物」の新築や増築などができなくなった。さらに市は災害危険区域内における防災集団移転促進事業を立ち上げ、移転する土地を買い取ることで、集団移転を促した。家屋は津波にさらわれたので、事実上ここに人が住むことはできなくなった。
仙台市は、この買い取った集団移転跡地で、民間事業が仙台市の新たな魅力を創出する場としての活用を目指し、意欲ある市民や事業者に土地を貸す利活用事業を展開。これが2017年の「仙台市集団移転跡地利活用事業」(第一期)である。仙台ターミナルビル株式会社はこれに手を挙げた。
同社は、さかのぼること2015年、同じく津波の被害に遭った仙台市農業園芸センターの再整備事業にプロポーザルで参画し、「せんだい農業園芸センターみどりの杜」(1.8ha)として整備した。「みどりの杜」は周辺地域の農業再生に向け、新たに複合経営や6次産業化に向けた加工研修機能、施設園芸の見学・展示機能、人材育成などに取り組む施設として2016年4月にオープンした。
同先行事業では「ジョイント栽培」と呼ばれる実証実験も行っており、同社はここでのノウハウを「JRフルーツパーク仙台あらはま」でも活かした。

木と木をつなぐ「ジョイント栽培」
仙台ターミナルビル株式会社は、「JRフルーツパーク仙台あらはま」において、ジョイント栽培にも取り組んでいる。
同じ荒浜地区にある「仙台市農業園芸センター」を2015年に再開発したとき、専門監であり、リンゴなどの果樹栽培の専門家である菊地さんの知見を頼った。果樹は通常、四方に枝を伸ばして、そこに果樹を実らせる。ジョイント栽培は幹を1メートルの長さのところで、地面と並行するように幹を横に伸ばし、隣にある幹に接合する栽培方法である。接合された幹も同じようにして隣の幹に接合し、遠くまで並んだ果樹が一本の果樹となる。収穫しやすいように、実のなる側枝は支柱によってV字の形に揃える。ジョイント栽培と防風ネットの設置により海岸近くの強い風にも強い。
「JRフルーツパーク仙台あらはま」では、「せんだい農業園芸センター」のジョイント栽培の実証実験と平行して、防風ネットの設置による実証実験を開始した。
ジョイント栽培は、多収性を実現する手法でもあるが、「JRフルーツパーク仙台あらはま」では、成園になるにつれ、果樹を間引きし、果実の品質を高めている。それでも同フルーツパークでの収量は、時期にもよるが、一般的な栽培方法のおおよそ1.5倍程度はあるとしている。


なぜ果樹だったのか
「JRフルーツパーク仙台あらはま」は区画分けも特徴的である。リンゴやナシなど、品種ごとに果樹を区画分けしている道路は、震災前に生活路として使われていたものを、そのまま残して利用している。つまり、農園が元住宅地であり、誰かがそこに住んでいたということを想起させるきっかけとなっている。この道は、失われていく記憶を灯してくれる。
圃場を住宅跡地につくることは難易度が高い。住宅跡地は水はけが悪いことに加えて、砂質土壌で水持ちも、肥料持ちが悪い事も特徴であった。開園に向けた圃場整備では、有機物の投入、園芸培土の利用、緑肥の栽培、水はけをよくする暗渠の設置を行った。この土地改良に2018年から3年がかかった。今も、土壌改良は継続されている。
沿岸部に農園をつくるからには、潅水用水の塩分濃度にも十分な注意が必要である。新たに開発する圃場には塩分濃度をさげる装置も導入した。防風ネットで強い潮風を防ぎ、害獣や盗難対策も念入りに行っている。
これらの苦労があるにも関わらず、跡地活用で農園を選んだことに大きな理由がある。それは、宮城県の果実自給率が低かった為である。東北はりんごやさくらんぼ、梨の生産量の高さでも知られているが、宮城県は東北であるにも関わらず、自給率が低い。地産地消の取り組みとして、農園によって宮城県の果実自給率を上げることで農業振興を推進している。
宮城県の果実の産出額をみても、2022年時点で全国の0.2%と、東北の中でもっとも少ない。ちなみに東北だけで全国の25.6%を構成している(農林水産省、東北農政局「東北の果樹の概要(令和6年3月作成版)」)。
震災で残されたものを、そのまま保存するのではなく、そこで本腰の農業も加工も行うこと。それも、ショッピング事業とホテル事業が主たる事業内容の企業が行うこと。これは明らかに、ひとつの挑戦である。

拡大に向けて動き出したフルーツパーク
JRフルーツパーク仙台あらはまは、2027年夏に面積を2倍ほど拡大する。2026年1月に筆者が訪れた頃には急ピッチで作業が進められていた。
2023年11月、同社は現在のフルーツパークの隣接地(約10.5ha)に対する集団移転跡地利活用事業に関して、事業候補者として仙台市より採択を受けた。2025年3月に仙台市より事業計画書の承認を受け、現有のフルーツパーク(約11ha)と隣接地(約10.7ha)の全体で約21haとなる土地を活用する。
現在栽培している8品目150品種以上の果物と野菜に加え、夏の摘み取り強化として、新たに品目を追加し、合計9品目約170種類の果物と野菜の栽培を行う。マルシェの拡大の他、フルーツパーラーも新設される。
果物をテーマにした全天候型の遊び場も計画しており、敷地を活用し、未就学児から小学生が家族と一緒に遊ぶことができる施設を目指す。遊び場づくりは、教育玩具や遊具の販売や、遊び場づくりの実績のある会社と連携を行う。復興ツーリズムとしては、鉄道復旧や復興の歩みを伝える史料館を設立する。
拡大するフルーツパークが観光拠点として荒浜地区を復興させていく道のりは、まだいくつものポテンシャルを持っているようにも見える。

2011年3月11日、宮城県仙台市の東沿岸部に甚大な被害を与えた津波は、盛土構造の仙台東部道路を越えたが、仙台東部道路は、想定外にも市街地への津波や瓦礫の流入を食い止める「防潮堤」の役割を果たした。仙台東部道路がなければ被害が拡大していたとみられている。
荒浜地区の深沼海岸に、大きな「荒浜慈聖観音」の像が、海に背を向けるようにして建立されている。現地にいた方に「この観音様の高さが、津波の高さなんです」とお教えいただいた。その高さ、9メートル。私は足がすくんだ。 津波の被害は、様々な感情を残して生々しい“切断面”となった。その切断面に対して人は何ができるだろうか。私が思うに、仙台ターミナルビルの観光農園開発の取組は、人々の笑顔を、この荒浜地区につなげようとしている。
取材・文:大山アランラドクリフ(リロカ事業部)
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